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新しい回想メモを始めるにあたり



変な「回想メモ」を書き始めることにします。


普通は、死をテーマにした個人的な情報をブログにアップする人はあまりいないと思います。


それでも自分がブログを書こうと思った背景には、自分の中で一番大事だと思い且つ経験してきた内容じゃないと意味が無いように思えたからです。


それに他の人に話すかどうかは別にしても、誰にとっても同じような問題意識を持っている人は「いる」と思うからです。


今は50代の後半になっていますが、この小学校の時に現れた問題を今も引きずって生きています。


初めに断っておきますが、現時点で自分は「死の恐怖が無くなっている」わけではありません。


しかし、現在の生活を行う上でそのことがマイナスに働くことは無くなりました。


前置きは、そのくらいにして最初の話に入ろうと思います。


両親



たぶん両親の影響が大きかったと思います。


自分の両親は2人とも宗教を信じません。


宗教は、騙されてお金をむしり取られるところと考えているようです。


だから、どこの宗教団体にもまったく近づきませんでした。


それに、


農家の跡取りでは無かった両親は、


結婚の時に故郷から離れて所帯を持ったので家に仏壇もありません。


その為、自分は仏壇すらあまり見ないで育ったのでした。


教育



少なくとも自分の思い出すことの出きる限りにおいて「学校」で死について教わった記憶がありません。


たぶん、昔の日本や外国なら状況は違うのかもしれませんが。


もちろん、「自分の両親」からも「死」については何も教わりませんでした。


唯一、それに触れる情報としては、「絵本」に出てくる「天国」や「地獄」とか、テレビのアニメだけだったと思います。




小学5年生の解決出来ない問い



そんな背景の中で、小学生だった自分には「手におえない問い」が発生してしまいました。


今となっては、「本からの情報」だったのか「理科の授業」だったのかわかりません。




その情報は、「宇宙の歴史」と言う内容のものでした。


それは、星が「生まれ」、「成長」し最後には「死ぬ」と言う内容だったと思います。


つまり、「この宇宙も何時かは無くなってしまう」とわかったのです。


「ショック」でした。


どんなに頑張ったとしても最後には「無」なのです。


何も残らないのです。


「宇宙の死」のインパクトは大きかったです。


人類の歴史に貢献するなんてことも、意味が無いのは当たり前だし、


種を存続させるために、親から「子供」に命を繋ぐなんて言うことも吹っ飛んでしまったのです。


個人の成長なんて最後には意味が無くなる・・・


結局の所、最後には・・・「無」なのですから


まだ小学生だと言うのに、「生きる希望を見失ってしまった」のです。


無意味感


虚無感


絶望




昼間の間は、いろいろやっていたので忘れていたのですが


布団に入って横になり目を閉じると、宇宙の最後が頭に浮かんでくるのです。


そして、決して解決できない思考を繰り返す日々を送ったのです。


次は「【恐れ02】幽体離脱時の体験を続ける中で」になります。