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この記事は「【恐れ01】小学校5年の時に生きる意味を喪失する」からの続きになります。


今回の記事は、「死の恐れ回想メモ」のカテゴリーとは多少異質な内容になっています。
実は、ここで書いている自分が体験した「幽体離脱」の体験は、「死の恐れ」とはほとんど関係ありません。


ほとんどと言ったのは、一度だけは本当に危ない体験をしてしまったので、その時はどうなっていたかはわかりませんが(汗)


ただし、「幽体離脱」の世界と死後の世界(もしあるとすればですが)を考える上でも参考になるかもしれません。


本来の意味で自分の死を意識し苦悩が始まるのは、次回書く予定の記事からになります。

中学2年の時に始めて体験した幽体離脱体験

自分の場合は、金縛りの体験は小学生の頃からたまに体験をしていました。
ところが中学2年の夏休みの時に経験した「金縛り」の体験中に「幽体離脱状態」になってしまいました。
もちろん、その当時は「幽体離脱」と言う言葉も聞いたこともないし、まわりの人でそんな話をする人もいませんでした。


ただ、自分にとっては「世の中が変わってしまう」と感じるほどの強烈な体験でした。
以前の記事でその時の様子を書いているので、そちらを見ていただけたらと思います。
中2で始めて幽体離脱を体験した


その体験後、誰にも自分の体験を話せないまま「幽体離脱」を何度も繰り返すことになります。

その後の幽体離脱体験

その後の「幽体離脱」の体験は、不定期に何度も起こりました。
自分の場合は、寝ている時や寝入り際に突然やってきました。
多いときは、毎日体験する時期もありました。


その後の20年以上幽体離脱が突然やってくる日々を経験することになります。
その後、地元の本屋で「究極の旅―体外離脱者モンロー氏の最後の冒険」と言う本を見つけ「体外離脱」を他の人も体験していることを知ることになります。
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ただ、その時に読んだ「体外離脱」の方法は自分の場合とまるで違うので、そんなものなのか程度にしか見なかったと思います。


その後、大分たってから、「ヘミシンク」のブームが一部で起こり、騒がれるようになるとは思いもよりませんでした。

幽体離脱中の恐怖の体験

何十回?以上たった頃、あまりにも幽体離脱を繰り返しているうちに、どんな時に幽体離脱しやすいか自然にわかるようになりました。
そのため、初めて意図的に幽体離脱にチャレンジすることにしました。


その時の体験は「「金縛り」になった時の危険性と注意点」で書きました。


結果的に、その後は意図的にチャレンジすることは無くなります。
ここで話しておきたい事は、意図的に幽体離脱を行ってはいけないと言うことではありません。


きちんと、精神面も含めた体調をキチンと管理出来ていれば何の問題も無いと思います。
事実、「スエデンボルグ」「ロバートA.モンロー」等、意図的に旅をしている人たちはいるのですから。


今から思うと、自分の場合は「幽体離脱の世界への探求」といった方向への興味が強くは無かったのだと思います。

幽体離脱について考えてみる

自分の場合は、キチンと「幽体離脱」の世界について調べることも無く体験のみを200回以上繰り返しました。
ネットなどで見てみると、キチンと体験を日記に書きとめている人もいるようですごいと思います。


そんな状況ですが、いくつか自分の体験から理解したことを書いて起きます。
ただし、これから書くことは自分の体験から想像したことなので、他の人たちの体験との合致しているかは確認していません。


自分の体験にしても「金縛り」「明晰夢」「体外離脱」「幽体離脱」「変性意識状態」「瞑想時の体験」「夢」等、境界が曖昧に感じていて、はっきり切り分けが出来ない場合がります。


ただ言えるのは、実際にそれらの境界は重なっているように感じることです。


実際、それらの体験は「主観的」にしか捕らえられない側面があり、他人には主観的な言葉を使って説明するしかないのですから。


よくわかっていないのは「金縛りで体験する世界はどこなのか?」です。
瞑想で体験する世界」にしてもそうです。
いきなり「瞑想の世界」と言ってしまうと面食らってしまう人も多いと思いますが、今後の記事の中で話していくことになると思います。
自分は、「ヘミシンク」の体験は少ししかないのですが、そこでの「フォーカス」の世界も同じです。
実は、「夢の世界」の中でも色々なレベルの世界が存在しているように感じています。


上記で話したいろいろな世界のの中で、いくつかの世界は実際に体験しているので、その他の世界もある程度は予想できると言う意味ですが。


今回はの話はここまでにします。


次回は、「【恐れ03】ノストラダムスの大予言を本当に信じてしまった」になります。